空気の妖精とキャプテン

一年ほど前から、TSIに参加して八卦掌を習っている、エアドリーさんの家に遊びに行った。隣町のエドモンド、入り江に面した昔の別荘地で、彼女の家もシアトルの旧家チッテンデンの元別荘100年間、野鴨の渡ってくる池のほとりにたっている。エアドリーは、元バレリーナで、画家でもあり、20年来チベット仏教を厚く信仰している。カナダはモントリオールから、シアトルに移り住んで12年、私もそうだったが、アメリカには自分の意思で来たわけではなくこの国の、物質主義とか、一般的な文化の欠乏には、少なからぬカルチャー・ショックを受けたといった。「英語圏から来た、このわたしでもそうなんですもの」という言い方を、彼女はした。輝くように晴れ渡った、表から、ひんやりとした室内に入ると、あちこちに祭壇のようなのがこしらえてある。壁の色が、明るい黄色、イチゴミルク色、おしゃれである。旧大陸的というか、全体に19世紀末のヨーロッパ的。ひとつの祭壇は、ご主人の「キャプテン」の為のもので、彼は1907年生まれ。この家と同じくらい古い、生きる歴史みたいなもんだ。元はデンマークの貴族の出で、故あって船乗りになり、船長として七つの海を渡ってきたのでキャプテン・・・96歳で自叙伝を完成し、自費出版しネットで販売していたが、この二年間で、大分衰えてしまって、今は、寝たり起きたりの状態だが、まだ、自分の足で、歩ける。
エアドリーは私と同い年なので、彼は、すごく若い奥さんに面倒を見てもらっている計算になる。彼女も17の時に息子を産んで、孫もいるので一応「おばあちゃん」だが、この年の差はたいしたもんだ。この二人は、まるでポパイとオリーブ・オイルみたいな感じ。のっぽで、声のトーンの高い彼女と、きびきび良く動いて、頼りになったのであろうキャプテン。ポパイの老後、その最終期を見ているのが、3匹の猫と空気の精のようなちょっとふけたオリーブ。「奥さんには、とても感謝しています」ともそもそと、キャプテンは、いった。キャプテンの自叙伝上下二巻(それでも45歳までの)とエアドリーの絵本、「天使のアルファベット」(1987年刊)をお土産に頂いて帰ってきた。